現実の南島 その2 沖縄の魔術的世界
きなこちゃんが次に向かった南の島は、沖縄。
東京から一気に、日本のいちばん南へ。
きっかけは、『パラダイスビュー』という映画でした。
その物語のなかで人々は、マブイ(魂)を落としたりする。
見ている自分も落としたような気になって、気だるくなっていく。
半分眠ったような目で見ていると、そこにある景色も、夢だか本当だかわからなくなる。
もちろん、これは映画だとわかっているけれど、こんな世界のかけらにでも触れられたら。
そんなわけで、またもや黒蜜くんとともに旅に出ることにしました。
時は1990年。
実はきなこちゃん、出発の前の晩に食べた貝にあたってしまい、夜中に病院へ運ばれたのです。
でも、朝にはすっかり元気になっていたので、えいやっ!と、飛行機に乗り込んだのでした。
午後に到着して青い海を見たのもつかの間、昨晩一睡もしていなかったせいで部屋でぐうぐう寝てしまい、気がついたらとっぷりと日が暮れていたのは、まぁご愛嬌ということで。
9月、折しも台風がやって来くる季節。
次の日から天気は悪くなり、いろいろな場所に出かけることはできませんでしたが、映画の撮影場所にもつかわれた本島西側の海岸は、曇天だったからこそ、あの妖しい空気の片鱗を見せてくれたように思えました。
その翌年から。
きなこちゃんと黒蜜くんの毎年の沖縄の旅がはじまりました。
本島、八重山、宮古、いくつかの離島。たぶん合わせて10回以上は行ったでしょう。
いちばんお気に入りだったのは、竹富島。
自転車で走っていると、島のおばあに知り合いと勘違いされて挨拶されたり。
民宿は昔ながらのつくりで、寝泊りした部屋にはそのおうちのご先祖様の仏壇があって。
畳の上で昼寝をしていると、遠くから三線の音が聞こえてくる。
島で暮らしている子供になったような気分でした。
久高島に行ったときのこと。
直前まで大嵐だったのに、島に着いたら不思議なくらい急に青空になり、帰りの船に乗ったとたん、また大雨ということもありました。
西表島では、敢えてツアーにのっからず、自力でカンビレーの滝までのトレッキングを計画。
ほかの人が港からお迎えの車に乗るなか、「タクシーを拾えばいいや」と甘く考えていた
きなこちゃんと黒蜜くんですが、タクシーなんか影も形もない。
途方にくれていたとき、頭上に見たこともない大きな鳥。
たぶん、カンムリワシでしょう。
そして、港の食堂の前に奇跡的に1台のタクシーが止まったのです。
中から出てきたのは、朝までお酒を飲んでいたと思われるおじい。
まだ飲む気なのか、ふらふらと食堂に入っていった。
おじいの降りたタクシーをすかさずつかまえ、なんとか仲間川の入り口まで行くことができたのでした。
このおじいは、きっとカンムリワシに導かれてやって来てくれた「酔っ払いの神様」だったのだと、きなこちゃんと黒蜜くんは今でも思っています。
宮古島の御嶽にうっかり入ってしまったとき。
怒られているような、刺すような気配に包まれて、急に頭が痛くなってしまったこともありました。
浜比嘉島で撮った写真には、無数の白い鳥のようなものたちが浮かんでいました。
不思議なことは、ほかにもいくつかあったけれど、沖縄だったらきっと普通にあるようなことなのかもしれません。
こんなふうに沖縄が大好きになり、足繁く通っていたきなこちゃん。
何人もの人から、なぜだか同じことを言われるようになったのです。
「そんなに沖縄が好きだったら、バリに行ってみなよ」